大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)4759号 判決 1995年12月26日

原告

黒田恒子

被告

森本妙子

ほか一名

主文

一  被告森本妙子は、原告に対し、金五六九万〇一七〇円及びこれに対する昭和六三年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告森本隆は、原告に対し、金五三八万〇一七〇円及びこれに対する昭和六三年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告森本妙子(以下「被告妙子」という。)は、原告に対し、金一〇八七万四四八〇円及びこれに対する昭和六三年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告森本隆(以下「被告隆」という。)は、原告に対し、金一〇四九万二〇一〇円及びこれに対する昭和六三年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、原告が原告車両を運転し、前方赤信号に従つて停車したところ、被告車両に追突され、頸部捻挫等の傷害を受けたとして、被告らに対して、その人損及び物損について、賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 昭和六三年一二月一日午前一一時三〇分又は午後〇時〇〇分ころ

事故の場所 東京都足立区保木間二丁目一二番地先路上

加害者 被告森本妙子(被告車両運転)

被告車両 普通乗用自動車(足立五八ま二二六〇)

被害者 原告。原告車両運転

原告車両 普通乗用自動車(八八足立あ八六一〇)

事故の態様 原告が、原告車両を運転し、前方赤信号に従つて停車したところ、被告妙子は、被告車両を漫然と運転したことから、原告車両の停車の発見が遅れ、ブレーキをかけようとして誤つてアクセルを踏み、原告車両の後部に追突した。このため、原告車両は、前方に停止していた二台の車両に順次衝突した。

2  責任原因

被告妙子は、被告車両を運転中、前示の態様で原告車両に追突したから民法七〇九条に基づき、また、被告隆は、加害車両を保有していたから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任(ただし、被告隆は人損分のみ。)を負う。

三  本件の争点

本件の争点は、本件事故による傷害の程度及び傷害に基づく損害の額である。

1  原告

原告は、本件事故の結果、頸部捻挫、腰部捻挫、両膝部打撲傷、顎関節症の傷害を受け、このため、次の損害を受けた。

(1) 治療費 三九〇万三〇一〇円

本件事故当日から平成三年五月二日までの足立東部病院に対する治療費二二〇万二二八〇円、平成元年二月一五日から平成三年一〇月二三日までの田中歯科医院に対する治療費一万二二四〇円、吉田整骨院に対する治療費三万〇四〇〇円、田中歯科医院に対する右同日以降の将来治療費一六四万八〇〇〇円等の合計額である。

なお、田中歯科医院には、顎関節症及びこれに起因する歯科治療のために通院するものであるところ、原告は、本件事故による歯への直接打撃及び頸椎捻挫に因り顎関節症となつたから、これらの治療費も本件事故に起因するものである。

(2) 付添看護費 一三五万二五〇〇円

昭和六三年一二月一五日に福島県に講演に行くため、訴外深津文子に介助を依頼して二万円を支払つた。

また、足立東部病院及び田中歯科医院への合計五三三日の通院について原告の家族に付き添つてもらつた。一日二五〇〇円として、家族付添費は、一三三万二五〇〇円となる。

(3) 通院等の交通費 六六万六二六〇円

足立東部病院への通院五二五日分のタクシー代五〇万四〇〇〇円、田中歯科医院への通院八日分のタクシー代一万〇二四〇円及び吉田整骨院への通院代五万〇七二〇円並びに家業及び副業のためのタクシー代一〇万一三〇〇円の合計額である。

(4) 休業損害 一六〇万〇一五〇円

<1> 原告は、本件事故による傷害のため六カ月間家事労働ができなかつた。平成二年度の女子賃金センサス二八〇万〇三〇〇円を基礎に六カ月分を算定すると一四〇万〇一五〇円となる。

<2> 原告は、下着仕入れ販売の副業をしており、本件事故直前に仕入れた五〇万余円分(定価の六割の価格)の商品については、仕事仲間に二割五分引きで売却し、通常の売却に比して二〇万円の損失を被つた。

被告主張のように専業主婦分の損害しか認めないのは、副業を営む主婦にとつて不当である。

(5) 雑損

<1> 吉田整骨院への通院時の宿泊費用 一万一一〇〇円

<2> <1>の際の電話代 一八三〇円

<3> 病気療養中、家業(自動車の板金、塗装)のための自動車の引取りを六カ月間原告の子供にさせ、そのアルバイト代として四三万九二〇〇円を要した。

(6) 慰謝料 一五四万〇〇〇〇円

本件事故による精神的な慰謝料としては一五四万円が相当である。

(7) 物損

<1> 原告車両のレツカー代 一万五〇〇〇円

<2> 原告車両の修理代 三六万七四七〇円

(8) 損害賠償関係請求費

<1> 現場検証及び事情聴取のために警察に出頭するためのタクシー代 五四五〇円

<2> 原告訴訟代理人との打合せのために通つた際のタクシー代 九万七六八〇円

<3> 弁護士費用 八七万〇〇〇〇円

<4> 診断書等の文書費 四八三〇円

被告妙子に対しては右の全額を、また、被告隆に対しては右の(7)を除く分を請求する。

2  被告ら

本件事故により原告が頸部捻挫、腰部捻挫、両膝部打撲傷の傷害を受けたことは認めるが、顎関節傷等の歯科関係の傷害を受けたことは否認する。そして、右頸椎捻挫等の傷害は最大限に見ても六カ月で治癒しており、それ以上の治療費等はすべて否認する。

原告主張の損害についての特段の主張は次のとおり。

(1) 治療費

整骨院での治療は症状固定後の不要のものである。

顎関節症自体の定義が不明である上に原告は本件事故により歯を打つておらず、田中歯科医院の治療は本件事故と因果関係を欠く。

(2) 付添看護費

原告の傷害の程度から他人の付添いは不要である。

(3) 通院等の交通費

タクシーの必要性を否認する。

(4) 休業損害

原告に対する休業損害は、事故年である昭和六三年度又は平成元年度の女子賃金センサスを基準にしたもので尽くされる。なお、六カ月の休業期間を争う。

(5) 雑損

すべて否認する。子供へのアルバイト代は、原告への休業損害の補償で足りる。

(6) 慰謝料 争う。

(7) 物損

原告車両の本件事故当時の時価は一〇万円程度であり、それ以上の修理費用は認められない。

(8) 損害賠償関係請求費 争う。

第三争点に対する判断

一  頸椎捻挫関係の治療

1  甲一ないし四(枝番を含む)、八の1ないし8、二一の1ないし12、二六の1ないし42、二七の1ないし12、二八、乙三の1、2、証人田中成治、原告本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故は、原告車両が赤信号に従つて停車中、被告車両が追突し、このため、原告車両がその前に停車していた車両に追突し、さらにその車両も前車に追突するという車両四台が関係する玉付き衝突であり、原告車両が最初に追突されたことから、原告の身体は、一時被告車両による追突により、宙に浮いた状態となつた。本件事故により、原告は、頭部打撲、頸椎捻挫、胸椎及び腰椎捻挫、両膝部打撲、両手部お撲の傷害を受け、また、一時気を失つた。

(2) 原告は、これらの傷害のため、事故当日の昭和六三年一二月一日から足立東部病院で治療を受けることとなつた。初診時は、全身、特に上半身に筋肉痛があり、頸部痛もしたが、X線撮影上骨に異常はなかつた。翌二日には胸椎及び腰椎のX線撮影をしたが異常はなく、投薬療法が行われた。しかし、頸部から背中にかけて及び両上肢に痛み等があり、通院を継続し、一二月二〇日からは頸椎牽引療法が行われた。二三日にも頸部痛が酷く、X線撮影をしたが異常はなく、筋肉を引き延ばす運動が勧められた。三〇日のX線撮影上、第三腰椎に僅かながら変形が見られ、四肢の運動が勧められた。

その後も頸椎牽引が継続して行われたが一進一退の状況であり、平成元年二月一日からは頸椎牽引と併せて超短波療法も行われた。原告は、ほぼ毎日通院し、症状は次第に改善していつたが、なお頸部痛は治まらず、七月二七日には精神安定剤の投与も行われたが症状に変化はなかつた。このような状態で、平成二年六月一八日に理学療法に変更するまでの約一年半、ほぼ毎日頸椎牽引と超短波療法を受けた。その間の平成二年二月六日にも頸椎のX線撮影をしたが特段の異常はなかつた。また、頭痛や目に網のような物が見えたので、同年五月二六日に脳外科で頭部CTスキヤンを撮影したが異常はなく、同科の医師は、頭痛の原因としては頸性頭痛が考えらるとの意見であつた。

(3) 同年六月一八日からは理学療法と投薬療法が行われたが、依然として一進一退の状況であり、平成三年五月二日、症状固定と診断された。同日の原告の自覚症状は、頸部痛、両上肢全体のだるさ及び痺れ感があるというものであるが、これらについては他覚的には定量不能であり、他覚症状としては反射、運動は正常であり、後遺障害はなかつた。

(4) 原告は、足立東部病院での治療にもかかわらず、頸部痛等の自覚症状が残り、後記田中歯科医師の紹介で平成三年八月六日から八日まで、熊本県にある吉田整骨院に行つて施術を受けた。それから一年後も同整骨院を訪れている。

同整骨院の吉田勧持は、頸椎捻挫をカンナの刃出しの運動にたとえてその物理的な力の加わり方を解析し、牽引による整復ではなく、その逆の圧迫による整復が必要であるとの見解を基に、整復による頸椎捻挫の治療方法を採つており、原告は、その施術を受けた結果、相当回復したとの印象を有している。

原告は、現在も雨の多い日や季節の変わり目に頭痛等がある。

以上の事実が認められる。

2  右認定事実に基づき検討すると、足立東部病院での治療は二年半に及ぶ長期なものであり、そのうち前半の一年半は頸部牽引を主とするものである。同病院のX線撮影の結果は、いずれの時期においても頸部に異常が認められないものであり、このようなことから、原告自身の心理的なもの等が治療を長期化させていると考えられないわけではない。しかし、前認定の本件事故時の衝撃の程度に鑑みれば、原告の頸部が相当損傷したことが容易に推察され、かつ、本件事故の当時はMRIによる診断が一般的ではなく、X線撮影の結果からでは判断のつかない損傷のあることも否定することはできない。そして、甲二六の1ないし42(足立東部病院の診療録)によれば、足立東部病院において、担当医が原告の心因的要素等の本件事故以外の原因が治療を長期化させていると疑つた形跡が全くないこと、被告主張のように受傷後半年で治癒していることを窺わせる証拠がないことから、結局、同病院における治療はすべて本件事故と相当因果関係のあるものと認めるべきである。なお、被告は、原告の症状はその歯の不具合から生じていると主張するが、前認定のとおり、同病院の脳外科の医師は、原告の頭痛の原因は頸性頭痛が考えらるとの意見であり、これを否定すべき証拠はないから、右主張に理由がない。

3  次に、吉田整骨院の施術の点であるが、施術後に原告自身が軽快したとの印象を持つているものの、同施術は、症状固定後、しかも、本件事故から二年八カ月後に行われている上に、整形外科又は外科の医師の指示に基づかないものであり、原告は、その後も雨の多い日や季節の変わり目に頭痛等があつて、これにより完治したものということができない。また、同整骨院の基本的な発想である頸椎捻挫をカンナの刃出しの運動にたとえること自体は理解し得るとしても、頸椎には椎間板があり、神経根が間から出ているのであつて、当該部位の圧迫により整復を試みることが妥当であるかについては疑問があり、これらの点を総合すると、右施術は、これによつて永続的な治療効果があつたものとは認め難く、これに要する費用は、本件事故と相当因果関係があるということができない。

二  歯科治療

1  左上五番の歯について

甲五の6、二三及び二四の各1、2、乙四の1ないし25、田中証人、原告本人によれば、原告は、本件事故により顔面の左側をぶつけ、その時に左上五番の歯を損傷したこと、このため、原告が昭和五九年から全顎歯槽膿漏症で歯の治療を受けてきた田中歯科医院で平成元年二月一五日に治療を受けたことが認められる。同歯の損傷と本件事故との間に因果関係を否定すべき反証は存しない。被告は、足立東部病院の診療録(甲二六)において歯の損傷の点の記載がないことを理由にこれらの事実を否定するが、足立東部病院は歯科医でないことから右記載を欠くものと考えられ、被告の主張に理由がない。

2  左下四ないし七番の歯について

田中証人の証言は、証言の時点で理由もなく診療録を提出していなかつたため、必ずしも明瞭とは言えないが、甲五の1ないし7、一六、一八、二四の1、2、二五の1ないし7を総合して善解し、かつ、これらの書証により補充すれば、次のとおり証言しているものと認められる。すなわち、原告が本件事故時に左顔面(歯の位置で言えば、左下第一ないし第三番の歯)を打撲したことにより、平成元年二月一五日には、左下第一ないし第三番の根尖に骨の吸収を来し、また、同七番の歯根部が打撃により破折し、吸収された。さらに、下顎の運動に異常を来したことから、平成元年三月に咬合挙上床を装着した。原告のメタルボンド歯(金属にセラミツクを焼き付けた歯)に無数のひびが入つているが、これは本件事故によるものと考えられる。これらの治療は、頸椎捻挫の治療を待つて平成三年三月八日から開始することとした。同日から五月一八日までの治療では、交通事故による外傷のためブリツジの左下七番の部分が三月八日の時点で破損していたので、再補綴処理を行つた。ところで、交通事故のため頸椎捻挫となつた場合には、そのカンナ効果により頸椎にズレが起きて、舌骨の位置異常を来し、このため、下顎運動が異常となつて上下の歯の咬合が異常となる。特にその治療のため牽引が行われた場合には歯に牽引力が加わつて咬合不全となり得る。これが顎関節症であり、原告についても、頸椎に加わつた外傷のため、本件事故の時点から頸椎捻挫を契機とする顎関節症が生じ、これによる咬合不全のためにも、左下第四ないし第七番の歯は異常を来すこととなつた。これらのため、原告の左下七番の歯が骨植不良となり、四本のインプラントを行つた上での治療をする必要がある。

しかしながら、まず、原告が本件事故時に左顔面を打撲したことにより左下第四ないし第七番のブリツジが同七番の部分で破損したとするならば、頸椎捻挫の治療を待つまでもなく、左上五番の歯を治療した際に平成三年三月八日から行つた措置を行つているはずであるのに、これを行つていないことからすれば、本件事故による直接の打撃によりブリツジが破損したと認めるのは困難である。また、甲二三の2(平成元年二月一五日の原告の歯のX線写真)によれば左下七番の歯根部が破折して吸収されていないことは明らかであり、さらに同写真によれば前示ブリツジの破損も判然とせず、このようなことから、前示各証拠からは本件事故直後に前示ブリツジが破損したとは認め難い。

次に、前認定のとおり、足立東部病院では幾度となく原告の頸椎のX線撮影をしているものの異常所見が認められていないことから、原告には頸椎のズレが生じたことは否定的に解すべきである。このことに、田中歯科医院において顎関節症の病名が平成三年三月八日になつて初めて付けられたこと(甲五の2より認める)を総合すると、原告の頸椎に加わつた外傷のため、本件事故の時点から頸椎捻挫を契機とする顎関節症が生じたものと認めるのも困難である。さらに、田中証人は、頸部牽引により顎関節症となることについては、口が裂けても言えないと供述し、これを否定していること、原告は、本件事故前は、全顎歯槽膿漏症で歯の治療を受けており、原告の歯自身に問題があり得ること、平成三年三月八日からの治療を除き昭和六三年の本件事故後現在に至るまで根本的な治療を行つていないことからすれば、仮に、近い将来左下四ないし七番の歯の抜本的な治療が必要であるとしても、これと本件事故との間に因果関係があると認めることが困難であるというほかはない。

三  原告の損害額

1  治療費 二二〇万三三四〇円

甲二、三の各1、一九、原告本人によれば、本件事故当日から平成五年五月二日までの足立東部病院における治療費は二二〇万二二八〇円であることが認められる。また、甲一七、乙四の12によれば、原告は、左上五番の歯の治療のため、平成元年二月一五日田中歯科医院に対して一〇六〇円を支払つたことが認められる。これらは、前説示のとおり、本件事故と相当因果関係のある損害である。

原告は、右以外の田中歯科医院及び吉田整骨院に対する治療費を請求するが、その理由のないことは前説示のとおりである。

2  付添看護費 なし

(1) 甲六の3、七の1、二八、原告本人によれば、原告は、昭和六三年一二月一五日、福島県郡山市において講演があつたところ、電車で行くのが辛かつたため、被告らの共済保険の被保険者である農協の担当者の許可を得て、知り合いの個人タクシーの運転手に配車を依頼して五万円を支払つたこと、その際、訴外深津文子に同乗、介助を依頼して二万円を支払つたことが認められる。

しかし、同日は、本件事故から二週間を経過しており、甲二六の4によれば、その前日である昭和六三年一二月一四日の足立東部病院での受診では、原告がそれほど重大な状態であつたとは認められず、原告において他人の同乗、介助が必要であつたとは客観的に認められない。

(2) 原告は、足立東部病院及び田中歯科医院への合計五三三日の通院について原告の家族に付き添つてもらつたと主張するが、前認定の傷害の部位、程度及び治療の経過に照らせば、原告の症状が重篤であるとか、介助なしには歩行が不能ということができず、通院に付添いが必要であつたとは認められない。なお、原告は、本人尋問や甲二八の陳述書において、目に網模様のものが見えたことを根拠に付添いの必要性を訴えているが、甲二六の1ないし42によれば、原告は、足立東部病院では担当医に対して平成二年五月二六日にそのような症状があることを訴えたことがあるが、その他の日には、そのような訴えをしたことがないことが認められ、右陳述書等にいう必要性も明らかではない。

3  通院等の交通費 五万円

(1) 原告は、足立東部病院及び田中歯科医院への通院のためにタクシーを用いたと主張するが、本人尋問において、これらの通院のためタクシーを用いたり子供に運転を頼んだりしたと供述するのみで、その他の確たる証拠はない。

右供述どおり、通院のためにタクシーを用いたことがあつたとしても、乙二によれば、原告の自宅と足立東部病院の距離は六〇〇メートル程度であつて、原告の症状に照らせばタクシー使用の必要性は認められない。

(2) 甲六の1、2、5、6、10ないし17、19、二八、原告本人によれば、原告は、前認定の五万円以外に、家業の板金業や副業の下着販売のため昭和六三年一二月九日から平成三年四月四日までの間にタクシー代として合計三万七八〇〇円(うち平成元年四月二三日までは三万一七〇〇円)を支払つたことが認められる。しかし、前認定の傷害の部位、程度及び治療の経過に照らせば、原告が公的交通手段を用いることができなかつたとは認め難く、仮に、タクシーが必要であつたとしても、それは業務自身が持たらす必要性であつたとも考えられ、本件事故との間の相当因果関係は認められない。

なお、前認定の福島県郡山市での講演のための配車料五万円については、その経緯に鑑み、必要なものと認める。

4  休業損害 一三二万六五五〇円

(1) 甲一二の1ないし3の各1、2、二八、原告本人によれば、原告は、本件事故当時、主婦であるとともに、家業の株式会社黒田自動車板金(自動車の板金、塗装)の手伝いや下着仕入れ販売の副業をしていたこと、右下着仕入れ販売については好成績であり、前認定の福島県郡山市における講演も同副業に関してのものであつたこと、本件事故による傷害及び通院のため、これらの仕事が捗らず、家事や家業の手伝いを子供達に委ね、アルバイト代金を支払つたことが認められる。

右認定事実及び前認定の原告の傷害及び通院の程度によれば、原告は少なくとも原告が主張する、本件事故後六カ月間家事等の仕事ができなかつたものと認めるのが相当である。そして、これらの休業損害については、平成元年度の女子賃金センサス二六五万三一〇〇円を基準に算定するのが相当であり、一三二万六五五〇円となる。

(2) 甲一一の1ないし15、二八、原告本人によれば、原告は、前示下着仕入れ販売の副業のために、昭和六三年一一月に合計定価一一八万五三〇〇円の商品を定価の六割で仕入れたが、流行商品のため、それまでの在庫分を含め定価八〇万円分については、その二割五分引きで売却したことが認められる。原告は、このため、通常の売却とに比して二〇万円の損失を被つたと主張するが、仕入れ価格以上で売却していて、積極的な損害を受けたことではないので、その主張にかかる損失については、前示休業損害の賠償をもつて足りる。

なお、原告は、兼業主婦であることから、専業主婦分の損害しか認めないのは不当であると主張するが、家業や副業による収入は、家事労働に充てる時間をそれ以外の労働に振り向けることにより得られるものであることから、当該収入が前認定の休業損害分よりも高額であると認めるに足りる証拠がない以上、前示賃金センサスによる平均賃金に加算して休業損害の基礎となる収入額を認めるのは相当でない。

5  雑損 なし

(1) 原告は、吉田整骨院への通院時の宿泊費用及びその時の電話代を主張するが、右各費用は、前説示のとおり本件事故との間に相当因果関係が認められない。

(2) 原告は、雑損として子供達へのアルバイト代金を主張するが、既に、家事労働分等については原告に休業損害を認めているところ、原告は子供達にアルバイトを依頼した分家事を免れ、また、家業については原告に支払うべき分を原告に代えて子供達へのアルバイト代金として支払つたものであつて、その主張にかかるアルバイト代金は前認定の休業損害分よりも低額であることから、休業損害以上に損害が生じておらず、休業損害の賠償をもつて足りるものというべきである。

6  慰謝料 一三〇万〇〇〇〇円

前認定の原告の傷害の程度、通院の日数、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、傷害慰謝料としては一三〇万円が相当である。

7  物損 二八万〇〇〇〇円

(1) 甲一五の1ないし6、二八によれば、原告は、原告車両のレツカー代として一万五〇〇〇円を要したことが認められる。

(2) 甲一〇、一三及び一四の各1ないし4、甲一五の1ないし6、二八、原告本人によれば、原告車両は、新車価格が二七万円の昭和四八年式ホンダライフであり、本件事故による修理費用として原告の家業である株式会社黒田自動車板金が三六万七四七〇円と見積もつたこと、原告車両と同型の中古車の時価は昭和五四年当時一五万円であるが、平成三年には稀少価値もあり少なくとも三八万円で販売されていることが認められる。

このように、原告車両の修理代金についての見積もりは、原告側で行つているが、甲一五の1ないし6(原告車両の写真)によれば、同見積もりは相当なものと認められるところ、被告は、原告車両の本件事故当時の時価は一〇万円程度であり、それ以上の修理費用は認められないと主張する。しかし、平成三年には新車価格を上回る価値も出ているのであり、原告車両の本件事故当時の時価を知る的確な証拠はないものの、昭和五四年当時の価格と平成三年の価格との中間値二六万五〇〇〇円(ほぼ新車価格)を下回ることはないと推認され、原告車両は経済的に全損と認めて、右修理代金のうち二六万五〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

8  損害賠償関係請求費 一万〇二八〇円

(1) 甲六の4、7ないし9、二八、原告本人によれば、原告は、実況見分及び事情聴取のために警察に出頭するため、タクシー代として少なくともその主張にかかる五四五〇円を費やしたことが認められ、同費用は本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(2) 甲二八、原告本人によれば、原告は、原告訴訟代理人との打合せのためにタクシーを用いたことが認められるが、具体的な金額及びその必要性を認めるに足りる証拠はない。

(3) 甲七の2、3、九、二八、原告本人によれば、原告は足立東部病院の診断書代等文書料として四八三〇円を要したことが認められる。

9  以上、人損分の合計は四八九万〇一七〇円であり、物損分の合計は二八万円である。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金五二万円(なお、うち物損分は三万円)をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告妙子に対しては右の総計である金五六九万〇一七〇円、被告隆に対しては物損及びこれに関する弁護士費用を除く金五三八万〇一七〇円、並びにこれらに対する本件事故の日のである昭和六三年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例